「自分に何が足りないのか」を考えられる集団へ 大日本印刷のDXは組織を有機的に変化させていく
DX事例 人材育成「DX(デジタルトランスフォーメーション)」に対する関心が高まり、さまざまな企業が変革に向けた動きを活発化させています。DXの推進力となるのは、やはり「人材」。自社に即した効果的な育成プランの構築を目指して、各社が工夫を重ねています。
1876年の創業から培ってきた印刷技術をベースに、情報を掛け合わせることで新しい価値の創出を目指す大日本印刷(DNP)では、「デジタルスキル標準(DSS)」の活用をはじめとするDXによって「組織のマインドに明らかな変化」が起こっているといいます。DXの施策に関わる奥村幸一郎様、大竹宏之様、前田強様に、現在の手応えや、推進のポイントなどを語っていただきました。
「変わらざるを得ない」という危機感が背中を押した
──DXに関するこれまでの取り組みについて教えてください。
大竹宏之ICT統括室室長(以下:大竹): 当社は、企画から製本・加工まで、磨き上げてきた各印刷プロセスの技術が核となって、世界トップシェアのリチウムイオンバッテリーパウチや有機ELディスプレイ製造用メタルマスク、国内ナンバーワンの非接触ICカードといった製品、サービスを生み出してきました。
古くは、1969年の「活字組版のコンピューター化」をはじめ、世の中の変化に応じたIT技術の獲得に努めてきました。1970年代後半には「CTS(Computer Typesetting System=電算植字システム)」を導入。電子出版などのビジネスにつながる大きな土台を築くなど、挑戦し続ける企業文化を醸成してきました。認証・セキュリティ、BPO、XRコミュニケーション事業なども展開しています。
このように、印刷と情報の強みを掛け合わせて新しい価値の創出を目指すのが、DNPの事業ビジョン「P&Iイノベーション」(P=Printing、I=Information)です。それが、まさしく「DNPのDXそのもの」であり、この先にあるのが、自ら社会課題を解決し、より良い社会をつくるという決意を込めたブランドステートメント「未来のあたりまえをつくる。」なのです。
大竹:DXにおいて、やはり人への投資は欠かせません。ICT人材、DX人材の育成と拡充は、当社が価値の創出と経営基盤の強化という両輪を回していく上で強化していくべき軸の1つです。全社的なDX関連の取り組みを統括する最高デジタル責任者・CDOを置き、また専任のDX推進統括組織が関係部門との円滑な連携を促進し、DX実現を目指しています。
奥村幸一郎人財開発部部長(以下:奥村):デジタルの波に紙の印刷事業が飲み込まれるのは必然でしたから、「自分たちは変わらざるを得ない」という危機感を抱いたことから、いち早く対応してきたということです。
人材教育に関しては、1989年に印刷のデジタル化に備えて製版研修センターを設置。その発展型として人財開発部では、一部の新入社員に1年をかけて徹底的にICTを学んでもらうプログラム「P&I研修コース」を展開しています。2024年3月時点で修了者の合計は約600名です。
このようにしてデジタル素養を身に付けた社員たちとの配属前の面談では、将来はビジネスアーキテクトやプロジェクトマネージャーとして活躍したいといった希望、また適性を確認。それぞれに応じた事業部門に配属され、将来のDX推進において重要な役割を担う人材となっていきます。
全社共通で使えるDX人材育成の仕組みを探していた
──では、その中でDSSはどのように活用されているのでしょうか。
人財開発部専門人材開発グループ 前田強(以下:前田): 当社では以前より「ITスキル標準(ITSS)」をベースにした「ICT人材」の育成に取り組んできました。アセスメントとそれに基づく研修プログラムによって、2000人超の人材を育成しました。専門家として高度なICTスキルを持った者が着々と増えていく一方で、DXの推進においてはデジタル技術とこれまであまり接点がなかった職種も巻き込むことが重要となります。
全社共通で展開できる人材定義や育成の仕組みをどうやって作ろうかと検討していたところ、2022年12月にDSSがとりまとめられたと聞き、早い段階で取り入れることを決めました。準備を進めて2023年6月ごろには、DSSに準拠したDX人材定義を策定しました。
まず、「DXリテラシーを持ち、DXを自分ごとと捉えている人材」を「DX基礎人材」と定義しました。DNPグループの全社員を対象に、DXリテラシー標準(DSS-L)に準拠したeラーニングを実施し、基礎知識やマインドなどを学びます。修了者は2023年度末の時点で2万4408人に上り、2025年度末に2万7500人の修了を目標としています。加えて、200以上の独自の講座からなる「ビジネススキルセミナー」を用いて、社員が自発的にスキルアップを図っています。
「DX基礎人材」から候補を選定し、各部門のDX推進を支える専門的な人材として育成するのが「DX推進人材」です。DX推進スキル標準(DSS-P)に準拠し5つの人材類型とし、ロールについては当社の状況も踏まえてカスタマイズしています。育成については、ICTやサイバーセキュリティ、データサイエンスの専門教育に加えて、より事業の目的に沿った実践的な研修メニューを用意していることが特徴です。
DSSは詳細なレベル定義がないので、ITSSでいうレベル3相当を「DX推進人材」の基準として定めています。今後、「DX推進人材」候補の社員をこのレベル感に到達するよう、育成を推進します。また「ICT人材」についてはDX推進の中核を担う存在なので、さらに強化を図ります。
──DSS導入の手応えはいかがでしょうか。
前田:DX人材の定義は、過去、試行錯誤を重ねてきました。AIやデータサイエンスの人材としても、各事業部で独自の解釈をするなど、一定の基準で測ることが難しかった経緯があります。DSS導入により「ビジネスアーキテクトはこんな人材」「データサイエンティストはこんな人材」と全社同じ基準で測ることができます。また、社内はもとより、社外の方とも同じ視点で対話できるのはメリットだと感じます。
奥村:スマートコミュニケーション部門、ライフ&ヘルスケア部門、エレクトロニクス部門と大きく三つの異なる事業部門があり、さらに新規事業分野での取り組みもありますから、組織として一律にDXリテラシーを引き上げるのは容易ではありません。そこで、事業領域に合わせてDSSを柔軟にカスタマイズすることで、それぞれの環境に合った育成が実現できるのではないかとイメージしています。全社的に取り組める体制がより整ったことで、マインドにも変化が現れてきました。
大竹:現時点の個々のスキルを可視化するために、毎年、リテラシー診断も実施しています。DSSなどの「ものさし」があることで、DXに関して自分に何が足りないのかを常に意識しながら業務に取り組める、そうした集団になりつつあると感じています。
奥村:DXと聞くと、機械的で無機質な印象を受けるかもしれません。しかし、実は組織を有機的に変えていくのに効果的な手段なのだと強く感じているところです。
DSSの導入が意識や行動にさまざまな刺激を与えている
──改めて、DXを進めていく上で大切にされていることや、今後の計画などについてお聞かせください。
大竹:あくまでDXは、当社の「攻めと守り」を確かなものにするための「手段」です。「攻め」の部分としてDXスキルのレベルアップは、企業としての能力の向上に資するものでなければなりません。対して「守り」の部分では、職種にかかわらず、誰もが最低限の知識として持っておくべきリテラシーの浸透です。デジタル領域の知識不足がどんな問題を起こし得るのかなど、継続的にくり返し教育を実施する必要があります。
奥村:現在、新たなアプローチによる研修の仕組みを開発中です。DXスキルのレベルアップが目的化してしまわないよう、全面に押し出すのは「事業目的の達成」。DXを学ばなければならない理由が「ビジネスに不可欠であるから」ということを自ずと意識し、結果として必然的にDXスキルが身に付いていくものを目指しています。当社では自律的なキャリア形成を重要視しています。自分が将来どうなりたいかを描く、ではそこに足りないものは何かということが、こうした経験を通じて学び取れるのではないかと思います。
前田:DSSの導入は、これまであまりデジタルとは接点がなかった部署からも問い合わせをもらうなど、刺激を与えていると感じます。DXスキルを持つ人材がどこにどれだけいるのか可視化されますので、「うちはもっと取り組まなければ」と事業部トップの意識を変えたり、「他ではどんな取り組みをしているか」と相互の学び合いが活発になるといった動きにもつながっています。DSSのような新しい試みは、まずは思いきって「やってみる」ことではないでしょうか。
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